2013/04/05

ちょっとだけ女子会したい

以下コピペ


日本で「女子会」という言葉が聞かれるようになるだいぶ前から、スウェーデンには、「Tjejkväll(シェィ キヴェル)」と呼ばれる「女子の夜」という言葉があります。その歴史は、おそらく長く、私がスウェーデン語がそこそこわかるようになった10年ほど前には、すでに存在していました。
 このスウェーデンの「Tjejkväll(シェィ キヴェル)」という言葉と、日本の「女子会」という言葉には、通じるところがあり、それは、女性の社会進出、女性の生き方の変化に大きくかかわっていると思います。そう思うと、日本の「女子会」って、とっても意味のあるもののように思います。
 
 私には、「Tjejkväll(シェィ キヴェル)」に誘われるというのは、なんとなくある意味ステータスのようにも思えた時がありました。外国人である私が、そういった会に誘われるのはうれしいことでもあるのですが、実は苦痛でもあり、そこで繰り広げられる会話についていくのだって大変だし、誘われたい反面、誘われないほうがいい気もしていました。それでも、参加すれば楽しかったのを覚えています。そういう時期も過ぎ、今では、なんとも思わなくなりました。
 
 言葉の面をみれば、「Tjej」というのは、日本語で「女子」という意味になります。「Tjej」も「女子」も若い女の子をイメージする言葉であると思います。スウェーデン語の場合は、「kväll(キヴェル)」という夜という意味の言葉がついて、「女子の夜」という意味になります。この「女子の夜」は文字通り、女性のみで騒ぐ会ということで、スウェーデンの女子会です。女の子だけのお茶会の場合は、「Tjejfika(シェィ フィーカ)」と呼ばれることもあります。
 ちょっと前に、どこかのニュースで、「いつまで女子会と呼ぶ気だ」というようなものを読みました。これに関しては、こちらスウェーデンも同様で、女性たちが何歳であろうとも、「シェィ」となります。年をとったおばさんばかりだからといって、「おばさんの夜」というような話は聞いたことがありません。
 なんで、日本では「女子会」で、スウェーデンでは、「女子の夜」なのかと考えると、おそらく、スウェーデンの女性たちは、みんな働いているからだろうと思います。そうなると、必然的に「夜」に会うことになるのです。大体、週末は家族で過ごし、子どもをだんななどに預けて出かけようと思うと、夜がもっとも効率が良いのです。
 スウェーデンで、日本のように主婦が存在したのは、70年代ごろまでで、それ以降は、主婦というのは消え続けており、この国では、誰もが働くのが当たり前になっています。日本でも共働きが当たり前になりつつある今日、日本で主婦が消える日もそう遠くないと思います。こういったスウェーデンの「女子の夜」は、主婦の消失とともに現れ、その昔ならば、自然に家庭にいるご婦人たちが集まって話をしていたのに、そういった機会を失った「働く女性たち」がその機会として「Tjejkväll(シェィ キヴェル)」を生み出したのでしょう。
 ちなみにスウェーデンでは、男性側にもこういった男性の会がありますが、女性ほど、その言葉に概念を持たないように思います。これは、男性の集まりというのは、その昔からあり、女性ほど、その地位や概念を獲得した歴史がないからではないでしょうか。こういった「Tjejkväll(シェィ キヴェル)」や「女子会」は、その必要性が生まれ、そういったことを行える経済的な自由があることによって、機会が設けられていくように思います。やはり、男性よりも女性のほうが、こういった会を持つためにがんばった歴史があるのでしょうね。
 スウェーデンの「Tjejkväll(シェィ キヴェル)」が、女性の社会進出の歴史とともに生まれたものであるとすれば、日本の「女子会」は今後ももっと活発に行われ、更なる女性の地位の確立や社会進出に役立つことを願ってやみません。確かに、スウェーデンの女性たちの平等意識の高さは、日本とは比べ物にならないものがあります。しかし、こういった女性の会でそういう話がされているのかといえば、そういうことはなく、多くの場合が、家庭や職場の愚痴だったりと、繰り広げられている会話の内容は、日本とあまり変わりはないように思います。それでも、だんなに子どもを預けて、女性が女性同士で話をするということは、大きな息抜きになり、翌日からの活力を養い、強いては、女性が社会で戦っていく上で重要な役割をしているのだろうと思います。

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